大学生になった頃、ひとりの友達ができた。
僕は彼といつも一緒にいた気がする。彼は珈琲と煙草が好きだった。僕は元々煙草を吸っていたが、彼の影響でヘビースモーカーになった。珈琲はそれまでほとんど飲む習慣がなかったが、やはり珈琲を飲むようになった。
何度か喧嘩をしたり、仲たがいしたり、仲直りしたり、旅行に行ったり、一緒に授業をサボったり、そして最後は一緒に留年して卒業できた。
卒業してから、とある事でいさかいになり、ホントに喧嘩別れしてしまった。僕は大学生の時から今でも、同じその煙草を吸っている。珈琲もひとりの時でも飲むようになった。
僕が煙草と珈琲をのんでいる時、その友達の事がいつも頭の中にある気がする。忘れられないのだ。そして、何より、喧嘩別れしてしまった事への罪悪感がある。煙草はもう別としても、少なくとも珈琲はそんな気がする。罪滅ぼしなのだ。
その事を思い出して、「俺は珈琲をやめていいんだ」という事に気づいたとき、ふっと束縛から外される気がした。もうその友達に義理立てる必要はないのではないか。そんな風に思った。
身体的、習慣的にやめられるかわからないが、今から珈琲を控えようと思う。減珈琲。最近はコンビニ珈琲を一日二杯ずつ飲んでいた。色々と内省的になり、不安になる事で、底をついた気がする。
その友達の影を見たり、重ね合わせたり、もしかしたら無意識でしているのかも知れない。煙草や珈琲はその呪縛なのだ。カフェインをとりすぎると不安や怒りが出やすくなるという。もしかしてあまり身体に合わない珈琲や煙草を、僕は続けてきたのかも知れない、などとも思った。
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— 尼崎デヴィ郎🫒 (@DewiroAmazaki) October 21, 2024
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